うなぎミュージアム 雑魚寝館

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亀井哲夫 雑魚寝館館長 紹介

1947 年(昭和 22 年)大阪に生まれる。
同志社大学 法学部 政治学科卒業、日本政治思想史専攻。
追手門学院大手前中・高等学校校長、学校法人追手門学院経営戦略室 教育参与を経て、現在は雑魚寝館 館長。
2006 年~2008 年追手門学院大阪城プロジェクトの座長として「大阪城の自然と生きものの総合調査」を実施。それに引き続き追手門学院大学上町学プロジェクトの委員として古都大阪の魅力再発見プロジェクトに参加するとともに、2005 年にスタートした大阪市の上町台地マイルドHOPEゾーン協議会副会長として、自然環境や歴史的記憶を大切にした大阪のまちづくりと活性化に取り組んでいる。
また、30 代中頃金魚を飼ったことがキッカケで川魚に興味をもち、イタセンパラやモロコ等日本産淡水魚の魚名研究やナガレホトケドジョウの分布調査そして大雪山系然別湖のオショロコマの生態調査等を行い、それらの成果を発表するとともに新聞や雑誌に雑魚たちの魅力を連載してきた。
また、「岡倉天心と東洋あるいは茶」というテーマに若い頃からこだわりをもっていて、日本茶や紅茶など茶の文化にも関心が強い。 1995 年 ( 平成7年 ) にそうした趣味や研究を形にした淡水魚ミュージアム茶論「雑魚寝館」を開設。

2005年に追手門学院大学の「アジアを食べる」という講座でうなぎ料理を担当することになり四万十川河口のアオウナギと出会い、ウナギにハマってしまった。
現在では汽水域の名品アオウナギの味や形態的特徴の調査と蒲焼の起源やうなぎのスシ「宇治丸」のナゾ等「うなぎ料理史」の研究に取り組んでいる。
その関連から世界各国のうなぎ料理も食べ歩いている。
淡水魚ミュージアム茶論だった「雑魚寝館」が2007年頃から、うなぎミュージアムになり、2014年には株式会社「うなぎ百珍」ができて、代表取締役となっている。
うなぎ資源の減少が問題となっているなかで「うなぎ百珍」の二つの商品、利用されなかったうなぎの頭・半助を活用した「頭佃煮」と「見立てうなぎ」はうなぎも喜ぶ一つの答と自負している。また、うなぎの伝承研究のなかでうなぎが虚空蔵菩薩のお使いだということわかり、その頭・半助には菩薩の無限の知恵とパワーがつまっていると思われる。
うなぎの頭・半助は味や栄養だけでなく哲学的な価値がある。
「雑魚寝館」と「うなぎ百珍」はうなぎのディープな魅力をさらに美味しくプロデュースしようとしています。
うなぎはこころとからだの媚薬です。




1、1987年「ナマズ考再論」(ビワコオオナマズ)

2、1988年「弘法大師が助けた魚について」(カワムツ、タカハヤ、アブラハヤ)

3、1989年「大阪城北外堀・内堀における魚類相の調査」(チチブ他)

4、1990年「文化的なライギョと知性的なニゴイについて」(タイワンドジョウ、カムルチー、ニゴイ)

5、1991年「ヒガイという呼称について」(ビワヒガイ、カワヒガイ)

6、1992年「然別湖のオショロコマ(ミヤベイワナ)の美的印象について」(オショロコマ)

7、1993年「オヤニラミの孤高な風貌」(オヤニラミ、ケッギョ)

8、1994年「ホンモロコと掛けてジャガーと解く」(ホンモロコ、タモロコ)

9、1995年「ホトケドジョウ学事始」(ホトケドジョウ、ナガレホトケドジョウ)

10、1996年「地震と鯰の歴史的結びつきについて」(ビワコオオナマズ)

11、1997年「行基鮒考」(フナ類)

12、2000年「タナゴ魚名考」(イタセンパラ)

13、2007年「鰻談・アオウナギを喰らう」(ウナギ類)